-----------------

生垣の青み残る薔薇蕾。


何気なく視線をやったそれは予想に反して僅か綻びかけている。
硬く閉ざされた青い蕾のころは薔薇のイメージ的に全て赤だと思っていたのに、こうして綻んでくると様々な色の薔薇が生えているようだった。

何気なく白く緩む蕾に指を添う。
別に花を愛でる趣味も手折る趣味も活ける趣味もヒル魔にはなかった。
むしろ、今までその存在すらまともに意識したことすらなかったが、なんとなく。

そう、ただなんとなく似合いそうだな。と思ってしまったのだ。

蕾のがくに近い部分は青みを残しまだ硬かったが、小さく綻んだ真白い唇は思ったよりずっと柔らかく冷たかった。
ぴんと伸びた青い茎はところどころ赤みを帯び、不似合いなほど白っぽく鋭利な棘が濃く密集していて、まるで別々の植物のようだ。

注意深く棘に触れないように茎を指先で摘んでみる。
断じて手折るつもりなどない。
他人の家の、まして薔薇などと。


「それはまだ、やめておいた方がいい」


背後から声をかけられて、気だるげにヒル魔は指を離し振り返る。
靴音は聞えていたから、別に驚きはしなかった。
けれど、さっさと指を離さなかったのは失敗だった。
ヒル魔の背後に立つ赤羽は、穏やかにサングラスを引き抜いて生垣の薔薇を見る。

「白い薔薇は水吸いが悪いんだ。もっと咲いてから切らないと、花瓶に活けても蕾のまま枯れてしまう。蕾から咲くのが見たいのならこっちの赤と、ピンクが丁度いい。欲しいなら貰ってきてあげようか。明日から明後日にかけて緩やかに開くだろう。こっちの黄色が本当は一番強くて咲きやすいんだけど、甘い香りも一番強いから君は気に入らないかもしれない。まるでギターの」

「おい」

赤羽のレクチャーが意味不明なものになる前にヒル魔は止めてやる。
どうしてこうなんだろうか。赤羽は無口な方だが、たまに妙に饒舌な時がある。
大抵は趣味のことだとか、ヒル魔が知らないような知識だったりするのでヒル魔もそれについてあまり思うことはないのだが、如何せん赤羽が恐らく分かりやすくと思って蛇足的に付け足されるギターに例えた何か、が常に意味不明なのが玉に瑕だ。

「…ああ、まだ言ってなかったな。お帰り。ヒル魔」

「…ただいま」

そうじゃねぇよ。という返しは心に秘めておく。
もう薔薇には一切感心のなくなったヒル魔はスポーツバッグを肩にかけなおして歩き出した。
赤羽もヒル魔の横を並んで歩く。向かう先は赤羽の家なのだから当然だ。

「君が薔薇が好きだなんて意外だ」
「そんなわけあるか」
「そう」

ヒル魔の即答を赤羽は素直に受け入れる。いつもの気紛れだったのだろうと。
そんな赤羽にヒル魔は逆に聞き返す。やっぱり
「てめぇこそ、薔薇好きなのか」

「いや、別に」
「…じゃあなんで妙に詳しいんだよ」

赤羽の返答はヒル魔にとって意外だった。
薔薇の水吸いがどうのなんて、机上の知識とは思いがたい。
実際に薔薇を愛でる人間の経験だろう。

「僕、昔からよく薔薇を貰うんだ」

「あぁ?」

ヒル魔はぽかんとして赤羽を見上げてしまった。
思わず素の顔だったが、赤羽は目を伏せていたのが幸いだ。

「なんて?」

意味が分からなくてヒル魔が聞き返すと、赤羽はそのまま左右に首を振った。

「よく分からないんだけど、何故か昔からよく薔薇を貰うことが多いんだ」

一度も好きと言ったことはないんだけど、と続ける赤羽にヒル魔はかける言葉が見つからなかった。
恐らく、先ほど生垣の薔薇を見たときにヒル魔が思ったことを、他の人間も思っただけだろう。
女ならともかく、やはり男で薔薇が好きというのは少数派。大抵は無関心なものだ。
似合うということと、好きは違うんだな。と、当たり前のことだがヒル魔は感慨深く思った。
同時に、本人が意図しないイメージが先行するというのは面倒だとも思った。
青い蕾の内側にはそれぞれの色の花弁が眠るというのに、その本質が咲き綻ぶまで色を慮ることはできない。
見知らぬ第三者が寄せる期待は果たして赤か白か。


「てめぇってさ、たまにフツーだよな」

赤羽はすぐ隣を並んで歩くヒル魔に赤い視線を投げる。
気がついたヒル魔が見上げると、赤羽は静かにいつものため息をついた。

「普通すぎて、おもしろくない?」
「たまにっつってんだろ。基本的には変わりモンだ」

ヒル魔が断言すると、赤羽はさも心外だと言わんばかりに今度は盛大にため息をつく。
「君だって大概だ」
「オレはいーんだよ!楽しけりゃなんでもな」

僕もだよ。なんて涼しげな顔で答えた赤羽はヒル魔の手を取って家の手前で道を反れる。
慌てたヒル魔に赤羽は夕食の買い物をするから付き合ってくれとのたまった。
繋いだ手をなんとかしたいが赤羽は離す気配もない。

「いい加減離せっつってんだろ」
「いいじゃないか。別に。さっき君も言ってただろ」
「何が!」


「僕、少し変わってるんだ。楽しければいいんだよ。何事もね」



赤羽はいつも、一事が万事この調子。
伸るか反るか。ヒル魔は未だ決めかねる。