髪を撫でられた気がした。
ぼんやりと目を開けると、すぐ隣でヒル魔が顔を覗き込んでいる。
「珍しいな、寝てたのか」
コンタクトをつけた目が乾いて、赤羽は何度か瞬きを繰り返した。
「お帰り、ヒル魔。何時?」
「まだ昼前」
朝食を取って暫くしてからヒル魔がケルベロスの散歩に出てしまったので、赤羽はソファーでギターを弾いていた。
ヒル魔の帰りが遅かったので少しだけと思って目を閉じ、どうやらそのまま眠ってしまったようだ。
赤羽が部活を引退してからというもの、ヒル魔は土日は割りと家にいることが多い。
泥門の方が引退時期が早かったのだが、引退後もヒル魔はしばしば部活に顔を出していた。
土日に一人で家にいても暇だったのだろうか、あるいは引き継ぐことは全て引き継いでしまったのかは分からないが、最近はよく家でごろごろしている。
受験勉強でもした方がいいと言ったことはあるのだが、ヒル魔は学業もそれなりだったらしく一言余裕とだけ返されて終わった。
帰ってきたばかりのヒル魔は隣で赤羽を見上げている。
疲れてんのなと言って笑うヒル魔は機嫌が良さそうだ。
赤羽が手を伸ばしてヒル魔を引き寄せると、腕の中に大人しく納まった。
「メシは?」
「何がいい?」
そういえば何も食材がない。
買いに行ってくるというとヒル魔はじゃあ食いに行くと言う。
あまり外食はしないがたまにはいいかと思い、赤羽は回した腕を解いた。
駅前まで行くとヒル魔は赤羽の意向も聞かず適当なレストランに入る。
どうせ聞いても何でもいいという返事が8割なのを知っているのだ。
ガラス張りになっている窓際の席に座って注文する間も、料理が運ばれてくる間も、ずっとヒル魔は機嫌が良さそうだった。
ギターでも弾いたら歌ってくれたかもしれない。
食後のコーヒーが運ばれてきて、赤羽はカップを手に取る。
「今日は機嫌がいいな」
「そうか?」
アイスコーヒーのグラスで指を濡らしながらヒル魔はわざとらしく首を傾げる。
上機嫌の正体は教えてもらえそうにないようだ。
「僕と一緒にいられるのが、そんなに嬉しい?」
コーヒーを派手にむせこむヒル魔を横目に、ふと赤羽は窓に視線をやった。
正午を回って人通りの増えて来た通りに違和感を覚えたのだ。
咳が収まったらしいヒル魔がわめくのに構わず、赤羽は窓ガラスを注視する。
違和感は人通りに覚えたのではない。
窓ガラスに映る自分の姿、否、自分の耳元のピアス。
普段自分がつけているクロスモチーフの丸いスタッドピアスではない。
ヒル魔がつけているようなリングピアスに変わっていた。
シルバーのボディにはブラックオニキスがクロス型に埋め込まれている。
無論赤羽が持っているものでもないしヒル魔が所有しているのも見たことがないから、恐らく新しく購入したものだろう。
「いつの間に…」
赤い瞳を丸くしてガラスに釘付けの赤羽を見て、ぶつぶつ文句を言っていたヒル魔は機嫌を直して得意げに笑う。
「さっきてめぇが寝てた時に決まってんだろ」
「そう、気がつかなかった」
「そらみろてめぇだって気がつかねぇだろ」
ヒル魔に断言されて、ようやく赤羽は以前ヒル魔に言ったセリフを思い出した。
ほんの悪戯心でヒル魔のピアスと自分のピアスを取り替えたのだが、ヒル魔は気がつかず登校してしまい帰ってきてから盛大に怒られた。
その時、だって君が気がつかないからというような事を言ったのだ。もちろんそれは火に油を注ぐことにしかならなかったのだが。
「言っとくけどな、俺は結構根に持つタイプだからな」
ヒル魔はそう言って満足そうに笑うが、そのセリフはそれだけではないだろう。
確かに意趣返しも含まれているのだろうが、わざわざ自分のために買ってくれたことを思うと人目も憚らずに抱き寄せてしまいたい。
ヒル魔を見やると視線だけでさわんなよと牽制された。
相変わらずの勘の良さだ。
「ありがとう。僕も何かお返しをすべきだな」
「別にいい」
そっけなく返されてしまった。
ヒル魔にしてみれば意趣返しの名目と、普段赤羽が家事全般を担当している礼もささやかながら入っている。
だからそれを返されてしまってはあまり意味がない。
赤羽がどういうつもりであれ、ヒル魔にとっては恩を着せられたままなのは気に入らないのだ。
ヒル魔はテーブルに置かれた伝票に手を伸ばし、さっさと立ち上がってしまったので、赤羽はしょうがないなと一つため息をついてヒル魔の後を追った。
店を出るとヒル魔はスーパーの方に向かって歩き出し、赤羽も並んで歩いていたが、ふらりと途中にあるシルバーショップに入ってしまった。
ヒル魔が慌てて後を追ってくる。
「どこ行くんだよ」
「礼をするって言ったじゃないか」
「いらねーって言っただろ」
赤羽はヒル魔に構わずカウンターまで進むと、店員を呼び止めた。
実は赤羽はこのピアスをこの店で見たことがあった。
その時ヒル魔に似合いそうだと思ったのだが、あまり頻繁に物を贈ると返って負担になるかもしれないと見送ったのだ。
渡りに船とはこういうことを言うのだろう。
きっとヒル魔にもよく似合うに違いない。
「これと同じものをもらえる?」
後ろでヒル魔が絶句する。
「いや待て、赤羽、分かった。受け取るから別のがいい」
おそろいのピアスなんて考えただけで気が遠くなる。
かといってつけなければ四六時中大げさにため息をつかれるに違いない。
「丁度僕もこれを君に贈りたいと思っていたんだ」
「だから、同じピアス贈りあうとか意味ねぇだろ!」
「贈り物という点では意味がないかもしれないが、それ以外の、」
赤羽が言いかけたところで店員がピアスを持ってきてしまった。
続くセリフを聞かずに済んだことにはひとまず安堵したが、持ってこられたピアスには穏やかではいられない。
どうにか別のものをとヒル魔が適当なショーケースのピアスを指差そうとするよりも、残念ながら赤羽の一言の方が早かった。
「それで。ここでつけるからそのままでいい」
もう無理と一歩後ろに引いたヒル魔の腕を赤羽が捕らえた。
店員に金を差し出しながら忌々しいほどに器用な奴だ。
ピアスを受け取った赤羽は無言でヒル魔に向かってそのピアスを差し出した。
ついでに店員も笑顔で鏡を差し出した。
「なんなら僕が、」
つけてあげようかと言われる前にピアスをひったくり、ヒル魔は鏡に渋々向き合った。
リングピアスを外してカウンターに置き、受け取ったピアスをつける。
そもそもヒル魔もいいと思ったから赤羽にやったものなので、自分のセンスから外れたものではない。
だからっておそろいにすることはないだろうと心中で文句を零すヒル魔の傍らで、赤羽はヒル魔が元々つけていたピアスを手に取った。
「これ、指輪に加工できない?」
もう完全にやりたい放題の赤羽の腕を引っつかみ、ヒル魔は無理やり赤羽をカウンターから引き剥がしてそのまま店を出た。
店員が律儀にできますよーと大声で追い討ちをかけてくる。
また店に舞い戻られては叶わないので、ヒル魔は赤羽の腕を掴んだまま早足で、むしろ軽く走るくらいの勢いで本来の目的だったスーパーの前まで辿り着いた。
少し息を切らせながら赤羽を睨むがあまり効果がない。
「何考えてんだよてめぇは」
「ちょっと聞いてみただけじゃないか」
赤羽のことだから聞いただけで済むわけがない。
案の定、リングピアスを貰ってもいいかと聞いてきた。
指輪に加工されて渡されでもしたらたまったもんではない。
確実につける指まで指定されるに決まっている。
「やんねー。俺がやったピアスで満足してつけてろ」
「もちろん僕はこれを付ける。当然君も今日からは僕があげたピアスをつけてくれるね」
自分ができないことを人に言わないものだと言い切られてヒル魔が返す言葉を失う。
沈黙を肯定だと都合よく解釈した赤羽はヒル魔にリングピアスを返すとスーパーへと脚を踏み入れた。
物凄く機嫌が良さそうだ。ギターがあったら間違いなく弾きだすだろう。
なんでそんな上機嫌なんだというヒル魔の呟きに赤羽が振り返った。
「僕も、君と一緒にいられて嬉しいからね」
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リクエストは
「クリスマスの贈り物か何かで二人とも偶然全く同じピアスを買って来ちゃって、プレゼント交換意味無ぇ〜とか笑いあってる二人」
でした。
あんまりリクに答えられなくてすいません。リクエストありがとうございました!!